男の靴雑誌LAST

Features

issue_12

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山麓の新ファクトリーから生まれる、アクティブ・ドレスの現在進行形。

宮本 武│写真 photographs_Takeshi Miyamoto
田村有紀│文 text_Yuki Tamura

2年の工事を経て完成した、2ヘクタールの面積を誇るパラブーツの新拠点。背景に自然公園にも指定されているシャルトル―ズ山脈(標高2082メートル)がそびえる。工業団地に位置し、隣にはスキー用品メーカーのロシニョールの本社がある。

2年の工事を経て完成した、2ヘクタールの面積を誇るパラブーツの新拠点。背景に自然公園にも指定されているシャルトル―ズ山脈(標高2082メートル)がそびえる。工業団地に位置し、隣にはスキー用品メーカーのロシニョールの本社がある。

質実剛健な“メイド・イン・フランス”の実用靴をルーツとする、パラブーツ。
創業から100年余り、イゾーとチュランの村で歴史を紡いできた工房が、このたび新たな町に拠点を移した。早春の頃、ブランドの精神をこだまするかのような雄々しい山々に囲まれた、まっさらなファクトリーを訪ねた。

棒の状態から一つづつハサミで切り分けられた、ソール用のラバー。

棒の状態から一つづつハサミで切り分けられた、ソール用のラバー。

リシャール・ポンヴェール社のイニシャルRPが刻まれた、自社製ラバーソール「パラテックス」の金型。履き心地の良さの秘密として空気を蓄え、衝撃を吸収する構造になっている。

リシャール・ポンヴェール社のイニシャルRPが刻まれた、自社製ラバーソール「パラテックス」の金型。履き心地の良さの秘密として空気を蓄え、衝撃を吸収する構造になっている。

 2016年暮れ、フランス南東の町サン=ジャン=ド=モワランに、パラブーツの新しい拠点が完成した。アルプスの玄関口の大自然を臨む、開放的なロケーションだ。フランス国内に靴工場が新設されたのは、実に40年ぶりである。アジアが世界の靴生産量の87%を占め、フランスの靴産業も例にもれず苦戦を強いられているなか、この事実は注目に値する。

 パラブーツ(正しくは、同ブランドを擁するリシャール・ポンヴェール社)の新しい拠点は、本社、工場、ショールームを併設。移転の理由は、創業時より村の中心地で稼働してきた2ヶ所の旧工場の建築基準が限界に達したためだが、これまで分散していた同社の機能をより便利な立地に集めることにより、オペレーションを飛躍的に改善させる狙いもあった。

 新工場では、素材から完成品までの生産ラインが効率よくU字型にレイアウトされている。自然光が注ぎ込む窓は断熱効果を高めたもので、仕切り壁や床などは最新の防音・防振材を備えた。さらにLED照明を導入し、トイレ洗浄は雨水を再利用するなど、建物全体で環境に与える影響を最小限に抑える作りだ。新拠点で働く従業員は140名。年間20万足の靴がここから出荷される。パラブーツのブランドは、今も発祥の地に根ざしているといっていい。創業者が前世紀に事業を始めた村は、新拠点から車でわずか15分の場所にあるのだ。

工場の入口付近に設けられたラバーソールの製造装置の数々。奥のソール成型機は、移転以降調整が長引き、取材班が訪れた前日に再稼働したばかりだった。20トンを超えるゴム圧延用の古いカレンダーロール機は旧工場から重量オーバーのため移動できず、やむなく新調することに。

工場の入口付近に設けられたラバーソールの製造装置の数々。奥のソール成型機は、移転以降調整が長引き、取材班が訪れた前日に再稼働したばかりだった。20トンを超えるゴム圧延用の古いカレンダーロール機は旧工場から重量オーバーのため移動できず、やむなく新調することに。

ソールの成型。ワッフル焼き器のように金型に挟んで熱を加えて成型・加硫させる。金型からはみ出た余分な部分は、冷却後に専用の機械で切り取る。

ソールの成型。ワッフル焼き器のように金型に挟んで熱を加えて成型・加硫させる。金型からはみ出た余分な部分は、冷却後に専用の機械で切り取る。

たくさんのラストが集められた一角。プラスチック製が多いなか、長い歴史を感じさせるような、使い込まれた古い木製のものも混じっている。ラックやカートなどは新調せず、旧工場で使っていたものを再利用。

たくさんのラストが集められた一角。プラスチック製が多いなか、長い歴史を感じさせるような、使い込まれた古い木製のものも混じっている。ラックやカートなどは新調せず、旧工場で使っていたものを再利用。

グッドイヤーウェルテッド製法に欠かせないリブを中底に貼る。中底はタンニンなめしのゴートスキンを使用。

グッドイヤーウェルテッド製法に欠かせないリブを中底に貼る。中底はタンニンなめしのゴートスキンを使用。

棚に保管されたさまざまな色と幅のウェルト。

棚に保管されたさまざまな色と幅のウェルト。

アッパーに使われる革各種と、ライニング用のムートン(左上)。フランスのタンナーのものが7割。近年は革の確保が量、質ともに困難な状況にある。食肉産業の副産物である革の品質を確保するため、畜産農家レベルから家畜の飼育環境や健康状態の向上が求められる。

アッパーに使われる革各種と、ライニング用のムートン(左上)。フランスのタンナーのものが7割。近年は革の確保が量、質ともに困難な状況にある。食肉産業の副産物である革の品質を確保するため、畜産農家レベルから家畜の飼育環境や健康状態の向上が求められる。

 貧しい農家出身のレミー・リシャール氏は、類まれな才能と行動力の持ち主だった。靴工房で革の裁断師としての仕事に飽き足らず、自らデザインした靴を持ってパリの上流階級に売り込み、1908年に靴製造事業に乗り出した。その後、裕福な公証人の娘のジュリエット・ポンヴェールと結婚し、リシャール・ポンヴェール社を設立。1926年、旅先のアメリカで発見したラバーブーツから着想し、登山靴のためのラバーソールを考案した。革のアッパーに薄いゴムのミッドソールを縫い付け、厚みのあるラバーソールにそれを液状のゴムで接着させる製法だった。ブラジル「パラ」の港から輸出されたゴムは、南仏の地元の特産品でもあったクルミ油のしぼり機で原料を圧搾し、ワッフルづくりの要領で金型に挟んで加硫した。ビブラム・ソールが発明される11年前のことだった。

 こうして生まれたラバーソールは、パラブーツの紛れもないアイデンティティのひとつである。この発明のおかげで、先人たちは木底の靴の代わりに丈夫で快適な一足を手に入れた。今やラバーソールを自社生産している靴メーカーは世界でここだけである。工場の棚にぎっしりと並んだ創業当初からの金型各種は、同社スタッフいわく「パラブーツの財産」だ。

 ラバーソールに加えて、パラブーツの独自性を示すのは、登山、スキーや軍用靴に多く採用されていたノルウィージャンウェルテッド製法と、手縫い靴の利点を機械で実現しうるグッドイヤーウェルテッド製法へのこだわりである。今や市場で売られる靴の多くは簡易なセメンテッド製法によるものだ。パラブーツゼネラルディレクター、レジス・フォイエ氏いわく、素材から完成までそのような一足にかけられる作業時間はわずか15分。かたや、パラブーツでは2時間以上を要する。そして品質や耐久性、履き心地の良さを追求する同社の方針は、大量生産品が権勢を振るい始めた戦後に定められていった。また今日に至るまで、箱や靴ひも、金具といったパーツまで品質を優先し、なるべくフランス国内で調達する体制を維持している。

自動革裁断機を使い、パーツを切り出すための準備。

自動革裁断機を使い、パーツを切り出すための準備。

工場で最も明るく自然光が注ぐ窓ぎわには、ミシンの作業机が並ぶ。裁断された甲革のパーツを組み立てて縫製する工程。新人が社内訓練を経て、仕事を完璧にこなせるようになるまで3年はかかるという。

工場で最も明るく自然光が注ぐ窓ぎわには、ミシンの作業机が並ぶ。裁断された甲革のパーツを組み立てて縫製する工程。新人が社内訓練を経て、仕事を完璧にこなせるようになるまで3年はかかるという。

自動裁断機ほか、抜型の利用、さらにハンドクリッキングなど、その時々のニーズや靴種に応じて臨機応変に対応。

自動裁断機ほか、抜型の利用、さらにハンドクリッキングなど、その時々のニーズや靴種に応じて臨機応変に対応。

80年間も現役の機械を使ったモカシン縫いの作業。古い機械のほうが使いやすい場合が多い。古い機械は交換部品の確保のために、他企業や工場から要らなくなったマシンを随時買い取り、社内に保管している。

80年間も現役の機械を使ったモカシン縫いの作業。古い機械のほうが使いやすい場合が多い。古い機械は交換部品の確保のために、他企業や工場から要らなくなったマシンを随時買い取り、社内に保管している。

 革はいうまでもなく重要な原材料である。その約7割はフランスの名門タンナー、残りは欧州から仕入れる。パラブーツは、高品質のレザーの調達が年々難しくなってきていると実感している。カーフの場合は仔牛肉の消費が減ったことで、過去25年で供給量が半減。しかも最高級に格付けされるのは全体のわずか20%で、ラグジュアリー産業からの需要は増える一方。価格高騰は熾烈な奪い合いの結果でもある。

 さらに国内で確保が困難なのは人材である。21世紀のフランスで、熟練工になるまで長く務め上げる人材を探すことの難題は、容易に想像がつく。それでも要求レベルを下げることや、他国に移転することはパラブーツの視野にない。

〝メイド・イン・フランス〟はラグジュアリーと関連づけられる場合が多いが、パラブーツは自社製品をラグジュアリーではなく、ハイクオリティなプロダクトととらえている。希少で贅沢なことや、イメージを売りにしない。それとは正反対に、自社が目指す靴づくりを、無骨なまで寡黙に、切磋琢磨してきたのではないだろうか。

クロージングを終えて吊り下げられたアッパーがずらり。通気性を確保するため、甲革とライニングの間は一切糊付けせず、縫い合わせのみ。

クロージングを終えて吊り下げられたアッパーがずらり。通気性を確保するため、甲革とライニングの間は一切糊付けせず、縫い合わせのみ。

靴型に被せられ、つり込み作業を待つ甲部。

靴型に被せられ、つり込み作業を待つ甲部。

シワや歪みが生じないように甲部を木型に乗せて成形。靴の顔立ちを決めるこの重要な作業では、職人の経験とセンスが問われる。

シワや歪みが生じないように甲部を木型に乗せて成形。靴の顔立ちを決めるこの重要な作業では、職人の経験とセンスが問われる。

次の工程に移る前に、つり込まれた甲部に熱や蒸気を加えて革を馴染ませるコンディショニングの工程。

次の工程に移る前に、つり込まれた甲部に熱や蒸気を加えて革を馴染ませるコンディショニングの工程。

ウェルトのすくい縫いの工程。専用のミシンを使い、インソールのリブとウェルト、アッパーを合わせて一緒に縫い合わせていく。

ウェルトのすくい縫いの工程。専用のミシンを使い、インソールのリブとウェルト、アッパーを合わせて一緒に縫い合わせていく。

ウェルティングを終えたインソール部を、大胆にも水に浸して一旦柔らかくする。良質な素材を使っているからこそ可能だという。

ウェルティングを終えたインソール部を、大胆にも水に浸して一旦柔らかくする。良質な素材を使っているからこそ可能だという。

ボトムにやすりを掛けて、接着剤を乗りやすくする。接着剤はあくまでも次の縫い合わせの工程まで持たせる程度の強度だという。

ボトムにやすりを掛けて、接着剤を乗りやすくする。接着剤はあくまでも次の縫い合わせの工程まで持たせる程度の強度だという。

 同社の歴史をたどると、数々の画期的なシューメイキングの実績に驚く。しかしそれらは声高に主張されるものではなく、旧工房の屋根裏部屋から探し出された実物を目の前にして、やっと思い出されるものだ。たとえば、パラブーツの会社(登山靴専門の兄弟ブランド、ガリビエ)が、前述のラバーソールをはじめ、今や当たり前の装置となったスキーブーツのバックルや登山靴の一体型のベロなどを実用化させた先駆者であったこと。60年代以降、探検家ポール=エミール・ヴィクトールや、登山家ルネ・デメゾン、ロッククライミングのパイオニアのロイヤル・ロビンス、コンコルドの操縦士のジャンルイ・トゥルカなどの勇敢な人々ともにテクニカルシューズの新境地を切り拓いてきた偉業。さらに、フランス警察や共和国親衛隊の指定靴とされる高機能なフットウェアや、ヨーロッパで最も厳しい安全基準を満たしたワークブーツ(パラショック)を長年製造していることも、同社にとっては特に宣伝することではないようだ。

グッドイヤーウェルテッド製法のレザーソールのモデルの中物には粒コルクではなく、シート状のものを使う方向へ切り替えた。粒コルクに混ぜる接着剤が原因でヘタリが起きることや、接着剤の溶剤がおよぼす健康への影響を考慮した結果である。

グッドイヤーウェルテッド製法のレザーソールのモデルの中物には粒コルクではなく、シート状のものを使う方向へ切り替えた。粒コルクに混ぜる接着剤が原因でヘタリが起きることや、接着剤の溶剤がおよぼす健康への影響を考慮した結果である。

ノルウィージャンウェルテッド製法で、ラバーのミッドソールを縫い付ける。

ノルウィージャンウェルテッド製法で、ラバーのミッドソールを縫い付ける。

ノーズとヒールの両方を機械に当てながら、パラブーツならではの幅広のウェルトをならす工程。

ノーズとヒールの両方を機械に当てながら、パラブーツならではの幅広のウェルトをならす工程。

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すべての紳士たちに向けた靴の専門誌です。こだわりを持つ男にとって、装いの要ともいえる靴を取り上げ、国内外の取材を織り交ぜながら、靴そのものの魅力と、靴を軸としたメンズスタイルの奥深い世界を紹介します。世界唯一の靴専門誌として、クオリティの高いヴィジュアルと、深い知識を備えた文章で、成熟した知性にとっても満足をもたらす誌面を追求していきます。タイトルの『LAST(ラスト)』は 、靴をつくる際に必要である木型(靴型)に由来します。