マヨルカの老舗が生み出す、“質実快適”な靴。
今津聡子│写真 photographs_Satako Imazu
菅原幸裕│文 text_Yukihiro Sugawara

ロトゥセ工場での底付けの様子。ファクトリー内では長年使い込まれた機械が多く、スペア部品用のマシンも確保されている。
ロトゥセ工場での底付けの様子。ファクトリー内では長年使い込まれた機械が多く、スペア部品用のマシンも確保されている。
同地最初の靴工場による老舗シューズブランドは、伝統とクラフツマンシップをベースに、現代性ある靴を志向する。

ファンアントニオ・フルシャ社長。背後の写真には創業者アントニオ・フルシャ氏の姿がある。
ファンアントニオ・フルシャ社長。背後の写真には創業者アントニオ・フルシャ氏の姿がある。

アッパー用の革のストックルーム。イタリアやスペインの革が多い。
アッパー用の革のストックルーム。イタリアやスペインの革が多い。

ソール用のブレードで切り抜かれたベンズ。このほかにオイルを入れたベンズもある。
ソール用のブレードで切り抜かれたベンズ。このほかにオイルを入れたベンズもある。
取材班を出迎えてくれたのは、ロトゥセ社長のファンアントニオ・フルシャ氏。彼は創業者から4代目にあたる。通されたファクトリー2階のミーティングルームの壁面には、古い写真が引き伸ばして掲げられていた。
「この中央にいるのが、私の曽祖父、アントニオ・フルシャで、その隣に見えるのが祖父のロレンツォ・フルシャです」
フルシャ社長は、写真の傍に立って指さしながら説明する。
同社の創業は1877年。それまでインカの地で家内制手工業として盛んだった靴づくりを、いくつかの家族が協業する形で産業化したのがアントニオ・フルシャ氏だったという。彼は靴づくりを学ぶべく英国に渡り、そこで当時普及し始めたグッドイヤーウェルテッド製法をいち早く導入したのだった。
「曽祖父はここインカでの靴のつくり方を変えたのです」(フルシャ社長)

アッパー用の革のチェック作業。表面を拭き取りながら傷などをマーキングする細かい作業だ。
アッパー用の革のチェック作業。表面を拭き取りながら傷などをマーキングする細かい作業だ。

こうしたヒール用の部材も自社で生産している。
こうしたヒール用の部材も自社で生産している。

インソールの裏側に接着剤をつけ乾燥させている。この後グッドイヤーウェルテッド用のリブを接着する。
インソールの裏側に接着剤をつけ乾燥させている。この後グッドイヤーウェルテッド用のリブを接着する。

ライニング用のレザーを手作業でクリッキングする様子。各工程で最適な作業方法が選ばれている。
ライニング用のレザーを手作業でクリッキングする様子。各工程で最適な作業方法が選ばれている。

クロージングの工程。準備作業と縫製作業が一対になっている。
クロージングの工程。準備作業と縫製作業が一対になっている。

ミシンでモカ縫いを行なっている様子。しっかりと丁寧な縫製。
ミシンでモカ縫いを行なっている様子。しっかりと丁寧な縫製。
「ロトゥセという語は、英国製の機械の名称に由来するのだそうです。祖父は自分たちの靴を国際的に展開しようと、このようなブランド名にしたのです」(同社長)
その後ファンアントニオ・フルシャ社長の父親アントニオ氏の時代には、ロトゥセはスペイン国内にショップを展開し、紳士&婦人靴だけでなくベルトやレザーグッズ、レザーアパレルも展開する総合ブランドへと成長した。ちなみにアントニオ氏の弟はあの「カンペール」の創業者である。もっとも、フルシャ社長は次のように言葉を継ぐ。
「私たちはここで、創業時からまったく変わらない靴づくりを行なっています」

生ハムに似ていることから「ハモネス」と呼ばれる、縫製を終えた後のアッパーをまとめたもの。最盛期には隙間がないほどぶら下がっているという。
生ハムに似ていることから「ハモネス」と呼ばれる、縫製を終えた後のアッパーをまとめたもの。最盛期には隙間がないほどぶら下がっているという。

ポリウレタン素材のトウパフ(つま先の芯)に熱をかけて成型する作業。軽量化や形状保持、または生産性の観点から新たな素材を積極的に導入している。
ポリウレタン素材のトウパフ(つま先の芯)に熱をかけて成型する作業。軽量化や形状保持、または生産性の観点から新たな素材を積極的に導入している。

ヒール部などをより木型に馴染ませるためにハンマーで叩いている。太い丸太の台は、イタリアの工場などでもよく見られる。
ヒール部などをより木型に馴染ませるためにハンマーで叩いている。太い丸太の台は、イタリアの工場などでもよく見られる。

手作業でウエスト部のつり込みを行う様子。要所要所に手作業が盛り込まれている。
手作業でウエスト部のつり込みを行う様子。要所要所に手作業が盛り込まれている。

ウェルトステッチの様子。古い機械はコンディションなどを細かく調整しながら使っている。
ウェルトステッチの様子。古い機械はコンディションなどを細かく調整しながら使っている。

つり込んだ後、ヒール部に熱をかけ馴染ませている。ファクトリーでは少なくとも一日半は靴に木型を入れた状態にしておくという。
つり込んだ後、ヒール部に熱をかけ馴染ませている。ファクトリーでは少なくとも一日半は靴に木型を入れた状態にしておくという。

インソール裏にコルクを入れて乾かしている様子。靴のタイプに応じて、フィラーにはコルクのほかに樹脂製のスポンジなども使われている。
インソール裏にコルクを入れて乾かしている様子。靴のタイプに応じて、フィラーにはコルクのほかに樹脂製のスポンジなども使われている。

「トゥシェ」レザーを色付けしている様子。一足一足ワーカーの手作業で行われる。
「トゥシェ」レザーを色付けしている様子。一足一足ワーカーの手作業で行われる。
フルシャ社長が先導する形で、建物の1階部分に広がるファクトリーを巡る。80名を超えるワーカーが靴づくりを手がける工場は、英国ノーザンプトンのシューズメーカーと比べても遜色がない規模といえるだろう。
「この工場は4つのセクションに分かれています。まずは革などの材料のストック、そしてプリペアリング(準備)のセクション、アッパーの縫製や底付けなどのプロダクションライン、そしてフィニッシングのセクションです」
このように語るファンアントニオ氏が最初に案内したのはアッパーの革のストック。ちょうど年配のワーカーが革の表面のチェックをしているところだった。
「エリオは40年この仕事に従事しています。彼の息子は隣の工程で働いています。ここでは家族3世代が働いている場合も多いです」
さらにフルシャ社長は同社で使っている革について説明を続ける。
「イタリアそしてスペインのタンナーの革が多いです。原皮は北ヨーロッパのものが主ですね。コードヴァンも使っています。ホーウィン社のものが手に入りにくくなっているので、ポロ競技用ブーツの革を手がけているアルゼンチンの『ロシナンテ』社と2年前からコードヴァンレザーを開発してきて、ようやくクオリティ的にもいいものが仕上がるようになりました」
そして現在主力となっている素材、とフルシャ社長が手にしたのが、「トゥシェ(TOUCHE)」と名付けられた革。いわゆるヌメ革で、これをさまざまに仕上げるのだという。北フランスの原皮というその革は肉厚で質感も良好だったが、この時点ではどのような靴が仕上がるのかは想像がつかなかった。
革のチェックの工程の隣は、クリッキング(革の切り出し)の工程。ライニング用の革は職人によるハンドクリッキングで、他にはアッパーのパーツ型のブレード(刃)を使った切り出し、さらには最新のコンピュータ制御のマシンなども導入されている。アッパーの傍にはソール用のレザーも積んであった。
「こちらの色の薄いものはナチュラル仕上げ、そして色の濃い方はオイルを入れたものです。カタルーニャのタンナーによるベンズで、ソールやインソール、そしてヒールなどはここでカットして使っています」(同社長)
グッドイヤーウェルテッドに欠かせない、インソール裏のリブも、この工場でつけられているという。部材に至るまで自社生産を貫くのは、ある程度の品質を確保するためといえるだろう。

フィニッシングの工程。火で熱しつつワックスを入れていく。
フィニッシングの工程。火で熱しつつワックスを入れていく。

20年前に同社がインディアンモカシンから着想し開発した「CASCO」製法用のラストと試作の靴。バケッタレザーをこの木型でつり込んで靴の底部を成型する。
20年前に同社がインディアンモカシンから着想し開発した「CASCO」製法用のラストと試作の靴。バケッタレザーをこの木型でつり込んで靴の底部を成型する。

創業140年を記念したカプセルコレクション用のスタイル画。かつて展開していたモデルを現代的に翻案している。
創業140年を記念したカプセルコレクション用のスタイル画。かつて展開していたモデルを現代的に翻案している。

右がカプセルコレクションのモデル、左はそのベースとなった「フルシャ」時代の靴。
右がカプセルコレクションのモデル、左はそのベースとなった「フルシャ」時代の靴。

フルシャ時代の靴底には、当時のブランドロゴが配されていた。このロゴも今回のカプセルコレクションに採用されるという。
フルシャ時代の靴底には、当時のブランドロゴが配されていた。このロゴも今回のカプセルコレクションに採用されるという。
プロダクションセクションの後半、印象に残ったのはラスティングの工程だった。ポリウレタンやサーモプラスティックなどの芯材を使いながら、靴の前方、ウエスト部そしてヒール部とそれぞれに熱や力を加えたつり込みは丁寧に映った。
「ウエスト部はステープラーで固定しますが、昔は手作業で釘を打っていたわけです。機械を使い新しい素材を使っていますが、作業そのものは昔となんら変わりありません」
そう語るフルシャ社長はある工程で立ち止まった。そこでは先述のトゥシェレザーのアッパーが、ワーカーの手でみるみるブラウンカラーに変わっていった。
「このように職人が一足ずつ手作業でトゥシェレザーに色付けしていきます。あらゆる色が可能で、一足の中で数色配色することも可能です」
熟練の職人仕事が生みだす、新たな靴の表情。それはまた現在のロトゥセの靴の個性を端的に表現しているといえるかもしれない。ファクトリーのツアーの後、フルシャ社長や工場のスタッフと歓談していた際、彼らが繰り返し語っていたのは、「伝統の尊重」ということだった。
「現代のライフスタイルに合うような快適性やカジュアル感を実現するためにも、靴のつくりにはより配慮しなくてはいけません。新しい構造やスタイルの実現のために重要なのは、私たちのアイデンティティ、このマヨルカで継承されてきた技術へのリスペクトなのです」
このように語るフルシャ社長。温故知新という言葉があるが、ロトゥセの靴づくりはまさにその積み重ねなのかもしれない。

旧工場があった通りは、現在「アントニオ・フルシャ通り」と名付けられている。インカにおけるフルシャ家の存在感を物語る。
旧工場があった通りは、現在「アントニオ・フルシャ通り」と名付けられている。インカにおけるフルシャ家の存在感を物語る。