男の靴雑誌LAST

Features

issue08

SHOES_AND_JAPAN

英国の靴職人ということ。

靴づくりを学ぶ中で出会った職人のもとを訪ねて10余年。
ロンドンの靴店『フォスター&サン』にて、靴職人として働く松田笑子氏。
彼女の職人性、そして靴職人としての生き方とは。

今津聡子│写真 photographs_Satoko Imazu
菅原幸裕│文 text_Yukihiro Sugawara

自らのベンチ(作業台)の前に立つ松田笑子氏。この工房にテリー・ムーア氏を訪ねて靴づくりを学び、現在はムーア氏を継承して工房を切り盛りしている。

自らのベンチ(作業台)の前に立つ松田笑子氏。この工房にテリー・ムーア氏を訪ねて靴づくりを学び、現在はムーア氏を継承して工房を切り盛りしている。

中央の靴が、クレセント(三日月)キャップに、ヒール部に独特なディテールがある「バンティング・ブローグ」と呼ばれるモデル。独特かつクラシックなスタイルだ。

中央の靴が、クレセント(三日月)キャップに、ヒール部に独特なディテールがある「バンティング・ブローグ」と呼ばれるモデル。独特かつクラシックなスタイルだ。

実際の靴と同様に精巧につくられた、古いミニチュアの靴。往時の高い技術を伝えている。

実際の靴と同様に精巧につくられた、古いミニチュアの靴。往時の高い技術を伝えている。

 今年で創業175周年を迎えるという、ロンドン・ジャーミンストリートの靴店『フォスター&サン』。店舗の2階にある工房では、4〜5名の靴職人が靴づくりを行っている。その中のひとりが、松田笑子氏だ。長年フォスター&サンのラストメーカーだったテリー・ムーア氏に師事し、その後同店へ就職。ムーア氏が引退した現在、フォスター&サンの靴づくりにおいて、重要な役割を担っている。
 
 今回、松田氏を訪ねたのは、近年日本でもビスポーク/ハンドソーンの靴づくりを志向する靴職人が増えるなかで、ビスポークシューメイキングの伝統色濃いロンドンにて、日本人が靴職人として歩むこと、その実際はどうなのかを、今一度確認したかったからだった。さらに、日本人とビスポークの靴づくりの関係、それを考える上でのヒントも、取材の中で明らかになるようにも思えたのだった。
 同僚のジョンとエマ、そして最近加わったソコールが作業を行う工房にて、まずは松田氏が靴づくりを志したところから話を聞いた。

「会社勤めをしていた20代はじめに、靴づくりをやってみたいと思ったんです。もともと足が大きかったこともあって、自分が履ける靴があったらいいとは思っていました。そしてある人に、英国に靴の学校があると教えていただいて、特に海外でとは思っていなかったのですが、英語の勉強を始めたのです」

老舗靴店『ヘンリー・マクスウェル』は、現在フォスター&サンに編入(=incorporated)されている。表にはサインも。

老舗靴店『ヘンリー・マクスウェル』は、現在フォスター&サンに編入(=incorporated)されている。表にはサインも。

1Fのショップでは既製靴やバッグなども扱っている。

1Fのショップでは既製靴やバッグなども扱っている。

ショーケースに収められた古いビスポークの靴や木型。英国のビスポーク靴店でオーダーサンプルを揃えているところは少ない。

ショーケースに収められた古いビスポークの靴や木型。英国のビスポーク靴店でオーダーサンプルを揃えているところは少ない。

 その後松田氏は靴学校として知られていたコードウェイナーズ・カレッジへ入学。その時点ではビスポークという言葉も知らず、どちらかというとシューズデザイナー志望だったという。そんなある日、友人から見せてもらった雑誌の、テリー・ムーア氏の記事に惹かれ、彼の工房に行ってみようとフォスター&サンを訪れる。かくして学校とは別に、ムーア氏の指導を受けるようになった。

「土曜日の朝から工房を訪ねて、テリーのやっていることを見て、木型、パターンを少しずつ教えてもらえるようになりました。その出会いは本当にご縁という感じですね。今ならネットで検索すればビスポークなら何々、とすぐに出てきますが、当時そんなものはなかったわけです。また、テリーはその頃三越でオーダーをとっていたりしていたので、日本人に対してオープンだったということもありました」

 もっともそこからフォスター&サンにジョインするまでは、決して順調ではなかったという。
「テリーがOKしても、国への申請などが結局何年もかかったり。ビザがなかなかとれず、当時の社長がトニー・ブレアに抗議のレターを書いたこともありました。だからといって、その時点での自分のスキルはとても満足出来る領域になく、中途半端な状態で自分の靴づくりができる感じはまったくありませんでした」

工房で靴づくりについて相談するジョン(右)とエマ(左)。それぞれが自身の靴づくりを行いながら、意見交換も頻繁におこなわれていた。

工房で靴づくりについて相談するジョン(右)とエマ(左)。それぞれが自身の靴づくりを行いながら、意見交換も頻繁におこなわれていた。

テリー・ムーア氏が記したオーダーシートとインチ表示のメジャー。ビスポークの数値は現在もインチが主流。これも英国ならではの文化といえる。

テリー・ムーア氏が記したオーダーシートとインチ表示のメジャー。ビスポークの数値は現在もインチが主流。これも英国ならではの文化といえる。

一番上の棚に並んでいるグリーンの冊子は、顧客の足を採寸したノート。ムーア氏の時代のものも残っている。

一番上の棚に並んでいるグリーンの冊子は、顧客の足を採寸したノート。ムーア氏の時代のものも残っている。

 アプレンティスを始めたのは1997年。工房の仕事をさまざまこなしながら、ムーア氏の仕事を間近で見て、ラストやパターンなどを靴づくりを修得した。

「日本人は数値好きなので、数値にとらわれすぎてしまうことがあり、靴づくりにおいて、どうしてもそこが最優先になってしまいがちですが、ここ(英国)では、数値はもちろんありつつも、つまるところ感覚なんです。それをテリーから受け継ぐ、学ぶというのはある程度一緒にいて、足数をこなしていかないとわからない。何年も一緒にいて、気づいたら自分も似たようなラインを引き、似たようなパターンをつくるようになったという感じです」

 それは巷間いわれるハウススタイル、ということなのかもしれない。
「アッパー、パターンのラインと木型に、独自のものは出てきますね。トップラインひとつとってもハウス(店)によって違いますし。あとは英国だと足のサイズレンジが幅広いので、その違いにあわせどのようにプロポーションを変えていくかということでしょうか。サイズが大きくなったからとただ拡大してもまったく格好よくならないし、それはやはり感覚で判断しつくっていくしかない。日本人の足の場合にも、メダリオンのサイズなど意識して確認して、パーセンテージを変えています。日本の顧客には特に細かく対応しています」

最近工房に入ったソコールは元シューポリッシャー。現在は箱詰めや工房の雑事を担当している。

最近工房に入ったソコールは元シューポリッシャー。現在は箱詰めや工房の雑事を担当している。

ショップから工房へと向かう階段の壁面には夥しい数のラストが架けられている。同店の歴史を感じさせる光景。

ショップから工房へと向かう階段の壁面には夥しい数のラストが架けられている。同店の歴史を感じさせる光景。

古いパターンもこのように保管されている。テリー・ムーア氏の手になるものは、几帳面で細かな字が特徴。

古いパターンもこのように保管されている。テリー・ムーア氏の手になるものは、几帳面で細かな字が特徴。

「久しぶりにつくりました」と松田氏が語るサンプルシューズ。アメリカの顧客には最新のサンプルを求める声が多いという。オーセンティックなスタイルながら、ヴァンプラインなどに個性が感じられる。

「久しぶりにつくりました」と松田氏が語るサンプルシューズ。アメリカの顧客には最新のサンプルを求める声が多いという。オーセンティックなスタイルながら、ヴァンプラインなどに個性が感じられる。

松田氏のベンチの側面には、ふたりの子どもの写真が。靴職人であり、英国で子育てする親でもある。

松田氏のベンチの側面には、ふたりの子どもの写真が。靴職人であり、英国で子育てする親でもある。

右はテリー・ムーア氏がつくった松田氏のラスト、そして左は松田氏自身がつくったラスト。こうした自身の木型や靴をつくることも、お客様の靴をつくる上で大切なことと松田氏は語る。

右はテリー・ムーア氏がつくった松田氏のラスト、そして左は松田氏自身がつくったラスト。こうした自身の木型や靴をつくることも、お客様の靴をつくる上で大切なことと松田氏は語る。

 履く人あってこその靴、人生あってこその靴づくり。

「フォスター&サンも変わっています」
 松田氏はそう語る。彼女が入った当時からマネジメントは変わった。そしてムーア氏は引退、今日ではたまに工房に遊びにくる程度になっている。松田氏は工房で最もベテランの職人となった。

「でも英国には、勤続年数が長いから、先輩だから、という感覚はあまりないんです。ラストメーカーのジョンも今では自分のやりたいようにやっていますし、パタンナーのエマも、私は私で好きなようにやらせてもらっています。個々に独立していますね」

 そして「テリーがいたときとの違い」と松田氏が言及したのが、分業制に関して。
「私がオーダーを受けるお客様に関しては、全て私がコントロールしています。アッパーのクロージングは弊社(フォスター&サン)専属の職人に出しますが、パターン、ラストメイク、ボトムまでは時間の許す限り自分でやっています。ポリッシュまでやる場合もあります。英国のビスポークはずっと分業制でしたが、それだと、オーダーを受けた時点から完成までの過程で、どんどん〝薄まって〟いくのです、お客様が本当に求めている何かが。どんなに担当の職人に細かく伝えたとしても、なかなかそのようには仕上がらない。それは決して担当職人の腕が悪いわけではなくて、オーダーを受けた自分が最も(お客様のことを)理解しているということなのです。ならば出来る限り、自分でやるほうがいいし、そのほうが学ぶことも多いと思っています」

パーフォレーションの穴を空ける作業。さまざまな作業をインハウスでこなすのが、現在のフォスター&サンの方向性という。

パーフォレーションの穴を空ける作業。さまざまな作業をインハウスでこなすのが、現在のフォスター&サンの方向性という。

紙のパターンを切って、木型にそわせ確認する様子。使う用紙も、ムーア氏の頃から変わらない。

紙のパターンを切って、木型にそわせ確認する様子。使う用紙も、ムーア氏の頃から変わらない。

 この変化には、顧客層の変化もまた、反映しているという。
「英国のお客様もアメリカのお客様も、インターネットで検索して勉強してから来られる方が増えています。以前はビスポークする方というのは、〝そういうクラス〟の人が必要に応じてオーダーしていたわけで、マニアックに追求する人はいなかったんです。今はどこもマニア化していますね。昔ながらのお客様と数で拮抗するまでになっています。テリーのジェネレーションの顧客が入れ替わっている時期、ということかもしれません」
 ゆえによりコントロールされた靴づくりが求められる、とも。

「テリーがフォスター&サンに来たのが1965年。そこからテリーはフォスターのやり方を自分なりに受け継ぎ変えていったのです。80年代〜90年代ぐらいにそれが定着した。それと同様のことが起こっているのかもしれません」
 もっとも、靴づくりに関してはスキルアップこそあっても、それに対する気持ちや姿勢は変わることはない、そう松田氏は語る。

「つくった靴というのは、顧客に履いてもらう前はいわばオブジェクトじゃないですか。つくっている現場としてはアート的にものをつくることに集中している。それが、お客様が納品した靴を履いた瞬間、全く違うものになるんです。すごいオーラを感じる場合もあれば、意外に感じる時もある。結局履く人が全てなんです。それを見られることが楽しいですね」

 ところで、例えばEMIKO MATSUDAとして、将来自身の靴店、またはブランドを目指す可能性もあるのだろうか。
「出来るのかもしれませんが、今はそこに執着はないですね。単に靴をつくることが好きなのかもしれない。靴をつくることができる環境があって、ハッピーならそれでいいのかなと。テリーにしても、日々この工房に通い、しっかり仕事して、家に帰れば家族がいる、そういうシンプルな生き方でした。靴職人であり、自分の人生がある。そういう感じです」

 そう、この「職人としての、当たり前の人生のありよう」こそ、松田氏が英国にこだわる、本意なのかもしれない。

Next
Back

LAST Facebook page

back back next next
back back next next

LAST Shoe Closet

靴好きな男たちが集まる、唯一の場所。

靴好きが集まる「LAST Shoe Closet」は、人気ブランドの新作シューズや、シューマスターたちの愛用靴がまとめてチェックできる場所です。ここをチェックするだけで靴にまつわる最新情報が手に入ります。また、Facebookのグループに参加すれば、あなたも自慢の靴を投稿できます。

1. Facebookの「LAST Shoe Closet」のグループページで「グループに参加」をクリック。

2. 管理人によるリクエストの承認を待つ。

3. 承認されるとグループのメンバーとなり、写真や記事を投稿できるようになります。

Join the Group

・グループに参加すると、他の人のニュースフィードや検索時にあなたがメンバーであることが表示される可能性があります。
・特定の企業や個人の営利を目的とした宣伝活動を無断で行うことはご遠慮ください。勧誘行為も固く禁じております。
・Facebook上での不適切な投稿は削除させていただく場合がございます。
・スマートフォンからの投稿、また画像サイズが小さい投稿は、写真が小さく表示されます。

About LAST

LASTとは?

すべての紳士たちに向けた靴の専門誌です。こだわりを持つ男にとって、装いの要ともいえる靴を取り上げ、国内外の取材を織り交ぜながら、靴そのものの魅力と、靴を軸としたメンズスタイルの奥深い世界を紹介します。世界唯一の靴専門誌として、クオリティの高いヴィジュアルと、深い知識を備えた文章で、成熟した知性にとっても満足をもたらす誌面を追求していきます。タイトルの『LAST(ラスト)』は 、靴をつくる際に必要である木型(靴型)に由来します。