男の靴雑誌LAST

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フランスという風土が生み出す、ボックスカーフの花。

フレンチカーフの代名詞的存在は、創業当初から世界遺産の町とともに、歩み続けている。
地方、そしてフランスという風土と繋がることで生まれる、「花」を持つ革とは。

太田隆生│写真 photographs_Takao Ohta
菅原幸裕│文 text_Yukihiro Sugawara

岩場に立つ、クリミア戦争に勝利した際、敵から奪った大砲を溶かして鋳造した聖母マリア像。
1000 年を超える歴史を持つ巡礼地らしい風景。

岩場に立つ、クリミア戦争に勝利した際、敵から奪った大砲を溶かして鋳造した聖母マリア像。
1000 年を超える歴史を持つ巡礼地らしい風景。

幹線道路から少し入ったところに建つタナリー・ドュ・プイの建物。50年代当時のものという。

幹線道路から少し入ったところに建つタナリー・ドュ・プイの建物。50年代当時のものという。

ファクトリーの奥に位置する、最終的に革をチェックする作業台。検品のためには光は重要だ。

ファクトリーの奥に位置する、最終的に革をチェックする作業台。検品のためには光は重要だ。

革の「花」を生むために、原皮は時間をかけ、デリケートに扱われる。

最初の塩抜きを行った後の原皮。まだ毛なども残った状態。

最初の塩抜きを行った後の原皮。まだ毛なども残った状態。

原皮を扱う作業台には、原皮の油分と塩分が「積もって」いた。一日1100枚の原皮を扱うという。

原皮を扱う作業台には、原皮の油分と塩分が「積もって」いた。一日1100枚の原皮を扱うという。

塩づけされた子牛の原皮を広げたところ。意外に小ぶりなことがわかる。

塩づけされた子牛の原皮を広げたところ。意外に小ぶりなことがわかる。

塩や血液分などを落とす槽。そのスケール感は大規模な工場ならでは。

塩や血液分などを落とす槽。そのスケール感は大規模な工場ならでは。

洗いをかけた後の原皮。まさに赤ちゃんの肌という表現が合う、やわらかい質感に驚いた。「この皮の質感を革にまでキープするのです」(ルブレ氏)

洗いをかけた後の原皮。まさに赤ちゃんの肌という表現が合う、やわらかい質感に驚いた。「この皮の質感を革にまでキープするのです」(ルブレ氏)

靴の質を決定づける要素のうちで、最も優先度が高いものは、やはりアッパーの素材となる革だろう。ドレスシューズにおいては子牛の皮を原材料につくられるカーフレザーが、普遍性があり、最も靴に適した素材であると長年いわれてきた。中でもフレンチカーフは、ドイツボックスと並んで、高品質のカーフの代名詞であり、今日でも多くの高級既製靴で使われている。

そして「デュプイ」といえば、フレンチカーフの代表格といえるタンナーである。正しくは「タナリー・ドュ・プイ(ピュイ)」、直訳すれば「ピュイの革なめし業者」ということになるだろうか。そしてピュイとは、オーヴェルニュ地方の古都「ル・ピュイ=アン=ヴレー(Le Puy-en-Velay)」のことであり、その中心部に建つ大聖堂「ノートルダム・ドュ・ピュ
イ」のことを指す。それはまた世界遺産に登録されている「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」の一部であるという。

もっとも、こうしたことは取材後にわかったことであって、実際は空港から市街地にさしかかった時に、険しい岩肌の上に建つ礼拝堂や聖母マリア像を見てとにかく驚いたのだった。そしてその時、風土は、そこで産するものに大きな影響を与えるのではないか、そんな風に漠然と感じたのだった。

町から少し離れた幹線道路沿いに、タナリーは位置していた。
「創業は1950年です(編註:取材時のコメントのまま。一部には1948年創業とも)。60年代から70年代にかけて技術を高めて、その結果ボックスカーフを生産する高級皮革メーカーとして広く知られるようになりました。成功の理由は、付近に水が豊富にあったこと、そして高品質のフランス産原皮が手に入ったことにあります(工場責任者のドゥニ・ルブレ氏)

革の本質を決定づける、時間と人の目が重要なプロセス。

ラックに積まれて、チェックを待つウェットブルー状態の革。この時点でクオリティのランクはほぼ決まるという。

ラックに積まれて、チェックを待つウェットブルー状態の革。この時点でクオリティのランクはほぼ決まるという。

表面に表れた傷。年々良質な革は少なくなっていて、牛の生産者や処理業者も巻き込んで、いいクオリティの革をつくる動きがあるという。

表面に表れた傷。年々良質な革は少なくなっていて、牛の生産者や処理業者も巻き込んで、いいクオリティの革をつくる動きがあるという。

革は原皮の段階からナンバリングされ、トレーサビリティが高い。

革は原皮の段階からナンバリングされ、トレーサビリティが高い。

大型のドラムが並ぶなめしの工程。他のタンナーと比べてもスケールが大きい。

大型のドラムが並ぶなめしの工程。他のタンナーと比べてもスケールが大きい。

毛を落とした革を洗う工程。白いものはシュリンクレザーなどに加工されることが多いという。

毛を落とした革を洗う工程。白いものはシュリンクレザーなどに加工されることが多いという。

毛を取る「寝かし」の後、槽で洗って液剤を落とす。ちなみに地域の豊かな水系を守る観点から、浄化装置は2段階になっているという。

毛を取る「寝かし」の後、槽で洗って液剤を落とす。ちなみに地域の豊かな水系を守る観点から、浄化装置は2段階になっているという。

ル・ピュイ=アン=ヴレーのあるオーヴェルニュ地方は、「ヴォルヴィック」「ヴィシー」といったミネラルウォーターの産地を擁し、もともと水の豊富な地域なのだ。そしてフランスは、イタリアとともに子牛を食する文化を持つ。ゆえに自国で良質なカーフの原皮が調達できるのだという。
「この食習慣は我が国の特有の文化です。だから他の国から(原皮を)買ってくることは難しいのです」
このように語るルブレ氏は、さらに次のように続けた。
「フランスの子牛にも、もちろんレベルの差があります。牛の種類や育つ場所も大事ですが、何より良質な革のためには、母牛のミルクで育っていることが大事なんです。それがあって〝花(fleur)〟がある革が出来るのです」
この「花」とは、革の表面の粒だった輝きを指す表現。そしてこの「花」を生み出すために、同社の生産現場ではさまざまな工程とノウハウが盛り込まれているという。
工場に通された取材班は、まず塩漬けの原皮から塩や血を抜く作業から案内された。確かに、原皮は小ぶりなものが多い。濃度を変えて液に16時間ひたして塩抜きし、その後油分を洗い落とした後、液剤を塗布したフィルムを革の内側(肉面)に貼って寝かすという。
「原皮の内側から液剤を浸透させて、5時間かけて毛穴を拡げ、その後ピットで水を使ってこれまたゆっくりと毛をとります。こんな手間をかけるのは、原皮の段階から存在する〝花〟を、脱毛した状態でもキープしたいからなんです」(ルブレ氏)
原皮からなめし前の工程までで1週間かかり、その間は、休まず素材のコンディションを確認するという。「大きな規模のわりには意外に職人仕事でしょう」とルブレ氏は笑うが、それは職人技という以上に、食品や酒などのつくり手にも似た、「なまもの」を扱うより繊細な感覚が感じられた。

革の裏に毛を落とすフィルムを貼った原皮は、5時間程度寝かされる。原皮は一枚一枚丁寧に伸ばされている。

革の裏に毛を落とすフィルムを貼った原皮は、5時間程度寝かされる。原皮は一枚一枚丁寧に伸ばされている。

なめし後の染色の工程。より柔らかくするための追加なめしも行われる。化学的な数値とワーカーの感覚が、良質な革を生む。

なめし後の染色の工程。より柔らかくするための追加なめしも行われる。化学的な数値とワーカーの感覚が、良質な革を生む。

積まれたウェットブルー状の革。ここから各クライアントのオーダーに沿った革へと仕上げられていく。

積まれたウェットブルー状の革。ここから各クライアントのオーダーに沿った革へと仕上げられていく。

クライアントのオーダーにより、多岐にわたる仕上げ。手仕事も多い。

染色した革を乾かし、湿気を入れるために「湿潤室」に架かった革。シワなどを避けるために「三角掛け」されている。

染色した革を乾かし、湿気を入れるために「湿潤室」に架かった革。シワなどを避けるために「三角掛け」されている。

こうしたカントリーグレインも同社の得意とするところ。「英国の靴メーカーからの問い合わせが多い」(ルブレ氏)。

こうしたカントリーグレインも同社の得意とするところ。「英国の靴メーカーからの問い合わせが多い」(ルブレ氏)。

A design featuring the Beast of Gévaudan. A movie was made about this legend.

A design featuring the Beast of Gévaudan. A movie was made about this legend.

芯まで乾かした後に、湿気をゆっくり入れて行く。その間にエッジのトリミングなども行われる。

芯まで乾かした後に、湿気をゆっくり入れて行く。その間にエッジのトリミングなども行われる。

シュリンクなどの工程も、染色を終えた後、行っていく。

シュリンクなどの工程も、染色を終えた後、行っていく。

サンプル帳の中にあったジェイエムウエストンのボックスアニルの見本。こうした見本が数多くあり、均質な革づくりのために参照されている。

サンプル帳の中にあったジェイエムウエストンのボックスアニルの見本。こうした見本が数多くあり、均質な革づくりのために参照されている。

その後は、工場に何基もある巨大な木製のドラムに入れ、クロムによるなめしが行われる。「濃度により何種類かの槽があって、金曜に入れたものを、次の木曜までかけてなめします。一週間かけるのはもちろん〝花〟のためです」
アルカリからニュートラルへと、担当者が随時状態を見ながらPHを推移させていくという。そうして仕上がったものを、脱水をかけて、いわゆるウェットブルーの状態に仕上げる。そしてその状態の革を検品。この時点で革の品質はほぼ見えてくるという。表面に血管が浮いて見えたり、傷があるかどうかで、各等級に分けられる。もちろんボックスカーフは最上級のものを使う。
「この後は、クライアントのオーダーに応じて、どのような革に仕上げていくのかが分かれていきます」
シュリンクレザーや型押しといった表面加工や、靴用や鞄用の厚さの違いなど、染色以降の工程は多岐にわたり、ひとつひとつスリップで管理されていた。いずれのスリップにも錚々たるブランドの名前が見える。その中には、現在このタナリーの出資企業である、ジェイエムウエストンの名前もあった。「難しいクライアントです」とルブレ氏は冗談めかして笑うが、実際靴に使う透明感を備えたボックスカーフは、100枚の革が仕上がったとして、その中に10枚あるかどうかだという。そして、その希少性ゆえに、このタナリー・ドュ・プイが経営的に危機を迎えた際、決して大口のクライアントではなかったジェイエムウエストンが、買収に名乗りをあげたのだった。

工場を案内してくれたドゥニ・ルブレ氏(右)とダニエル・ルバー社長(左)。ルバー社長が着ているのはタナリーの名がステッチされたワークコート。

工場を案内してくれたドゥニ・ルブレ氏(右)とダニエル・ルバー社長(左)。ルバー社長が着ているのはタナリーの名がステッチされたワークコート。

ボックスカーフの表面は粒だった輝きがある。フランスの皮革業者はそれを「花」と称する。

ボックスカーフの表面は粒だった輝きがある。フランスの皮革業者はそれを「花」と称する。

革の厚みを計測しているところ。鞄用は1.0ミリ、靴用は1.2ミリ程度が通常の厚みという。

革の厚みを計測しているところ。鞄用は1.0ミリ、靴用は1.2ミリ程度が通常の厚みという。

手作業で伸ばされている革。革の種類や加工によって、手作業と機械による伸ばし双方があるという。皮革製造の力学的側面。

手作業で伸ばされている革。革の種類や加工によって、手作業と機械による伸ばし双方があるという。皮革製造の力学的側面。

もうひとつの力学的な要素である、表面にガラスのローラーで圧をかけているところ。革に輝きを与えるカゼインが革に浸透するように行っている。

もうひとつの力学的な要素である、表面にガラスのローラーで圧をかけているところ。革に輝きを与えるカゼインが革に浸透するように行っている。

検査を終えた革はこのように伸ばして、その後、「TP」の紙にくるんだ状態で納品される。

検査を終えた革はこのように伸ばして、その後、「TP」の紙にくるんだ状態で納品される。

染色の後は、乾燥して繊維の密度を高め、その後は一転、湿気を含んだ部屋でゆっくりと水分を浸透させていく。次に手作業もまじえて、一枚一枚革を伸ばす。そう、いずれも「花」のための丁寧な作業である。仕上げの工程では、革の表面にガラス棒のローラーで、「カゼイン」を浸透させていく作業を行っていた。カゼインは革の呼吸を助け、輝きを生む。
「この段階では、1000種類の作業があり、表面のタッチや光り方など、クライアントのオーダーにあわせて、異なる作業を行います」
その言葉を裏打ちするように、色も表面の加工も違うさまざまな革が、光がふんだんに入るスペースに、ラックごとにかけられていた。ここで行われる検品は、まずタナリー側の担当者が行い、その後各クライアントの検品係が来社して行うという。ちなみにジェイエムウエストンの場合は、厚みは靴用が1.2〜1.4ミリ、ブーツ用が1.4〜1.6ミリ。カゼインとアニリン仕上げのみの透明感のあるもの、というオーダーという。
「そして重要なのがこの〝花〟です。透明感がありながら、この肌理があることで、靴になって足を曲げたときにも、変なシワが出来ることがありません」(ルブレ氏)
さらに、革の断面を見せつつ、次のように説明する。
「表面の色の層の下に、ブルーの層があるのがわかるでしょう。この、クロムの分子が浸透したブルー層が、革の強さと伸縮性両方を実現するです」
革の本質とは、表面ではないところにある、ということなのかもしれない。
最後に、「TP(タナリー・ドュ・プイの意)」と印刷された紙で革を巻いた状態で完成。TPのロゴ上に、犬のようなイラストがあるのが目に入った。
「これは、『ジェヴォーダンの獣』という、この地方で伝説となっている怪獣の像です。なんでつけたかは不明なのですが。地元の象徴的存在、ということでしょうか」
この説明を聞いた瞬間、岩場に建つ聖人像や大聖堂のヴィジョンを連想した。そして、革づくりのバックグラウンドにある、ル・ピュイ=アン=ブレー、そしてフランスという風土の存在をまんなかに、強く感じたのだった。

工場を案内してくれたドゥニ・ルブレ氏(右)とダニエル・ルバー社長(左)。ルバー社長が着ているのはタナリーの名がステッチされたワークコート。

工場を案内してくれたドゥニ・ルブレ氏(右)とダニエル・ルバー社長(左)。ルバー社長が着ているのはタナリーの名がステッチされたワークコート。

ボックスカーフの表面は粒だった輝きがある。フランスの皮革業者はそれを「花」と称する。

ボックスカーフの表面は粒だった輝きがある。フランスの皮革業者はそれを「花」と称する。

革の厚みを計測しているところ。鞄用は1.0ミリ、靴用は1.2ミリ程度が通常の厚みという。

革の厚みを計測しているところ。鞄用は1.0ミリ、靴用は1.2ミリ程度が通常の厚みという。

手作業で伸ばされている革。革の種類や加工によって、手作業と機械による伸ばし双方があるという。皮革製造の力学的側面。

手作業で伸ばされている革。革の種類や加工によって、手作業と機械による伸ばし双方があるという。皮革製造の力学的側面。

もうひとつの力学的な要素である、表面にガラスのローラーで圧をかけているところ。革に輝きを与えるカゼインが革に浸透するように行っている。

もうひとつの力学的な要素である、表面にガラスのローラーで圧をかけているところ。革に輝きを与えるカゼインが革に浸透するように行っている。

検査を終えた革はこのように伸ばして、その後、「TP」の紙にくるんだ状態で納品される。

検査を終えた革はこのように伸ばして、その後、「TP」の紙にくるんだ状態で納品される。

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すべての紳士たちに向けた靴の専門誌です。こだわりを持つ男にとって、装いの要ともいえる靴を取り上げ、国内外の取材を織り交ぜながら、靴そのものの魅力と、靴を軸としたメンズスタイルの奥深い世界を紹介します。世界唯一の靴専門誌として、クオリティの高いヴィジュアルと、深い知識を備えた文章で、成熟した知性にとっても満足をもたらす誌面を追求していきます。タイトルの『LAST(ラスト)』は 、靴をつくる際に必要である木型(靴型)に由来します。